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子どもの「つぶやき」が未来を創る(後編)

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連載記事

2023.3.3


社会人の学びの潮流を俯瞰するとともに、新たな学びに挑戦する現場のレポートを行い、これからの働き方やキャリアの道筋を描く上で本質的に考えるべきことの解明をめざしてスタートしたシリーズ「学びのこれから」。
第5回は、これまでの連載から浮かび上がってきた「問いを立てることの意味」「子どもから学ぶ意味」について、立正大学 心理学部教授鹿嶋真弓先生にお話を伺いました。後編をお届けします!
*鹿嶋真弓先生のプロフィール こちら
*記事前編は、こちら

Q5: 今、社会的にも必要性が言われている「共感的好奇心(empathy)」も授業の中で意識されていますか?

はい。でもempathyが一番難しいのは、なかなか言えないところです。疑問に思っていても馬鹿にされたくない、恥をかきたくないから言えない。言えないとempathyが起こらない。誰かがつぶやいたら言いやすくなります。だから「つぶやき」が大事なんです。脳の中で起きてること(内言)が漏れ聴こえちゃうのが「つぶやき」なんです。漏れ聴こえると、「確かにそうだよね」って他の人もempathyが起きます。
―――子どもの方がつぶやきますよね。
そうなんです。授業で考える時間を大切にしている学校では、「つぶやきタイム」とか「ブツブツタイム」という呼び方で、思い浮かんだことを言葉として出してみよう、と促してempathyが起こる仕組みを作っているところも多いです。
さきほどお話しした構成的グループエンカウンターなどを日常的に行い人間関係ができていると、馬鹿にされる心配がなく一緒に面白がってくれる仲間がいて、安心してつぶやくことができるのかなと思います。
つぶやくことによって、教科書には書いてないようなことがどんどん出てきます。
~不思議のタネ もし参勤交代が無かったら・・・~
高知市の先生が「参勤交代がなかったら江戸時代はこんなに長く続かなかった」という不思議のタネを中学一年生にまいた時のことです。
「参勤交代」も「江戸時代」もみんな知ってる言葉ですよね。ところが「こんなに長く続かなかった」と言われると「どれだけ続いたの?」「なんで長く続いたの?」って思う子が出てきます。
で、探究の末、どんなことを考えたかというと「もしも参勤交代がなかったら街道筋の人たちは食べていけなくなっていたかもしれない」でした
このようなことは、教科書には書いてないんですよ。教科書にのっているのは、「参勤交代はお金を使わせて大名に力を付けさせないため」だけど、実は、参勤交代によって街道筋の住民も潤っていたわけです。外食費や宿泊費を落としていくわけですから。
そんなことを、子どもたちが自分たちで考えたんです。
すごいですよね。子どもたちは好奇心の塊です。大人にないような好奇心をつぶさないよう大切に育ててほしいと思います。

Q6: 好奇心を持つためには知識も蓄える必要があるかもしれません。問いを立てるということと、色々なことを覚える知識とのバランスは、どのように考えたら良いでしょうか?

ベースとなる、考えるための軸がなければ思考も進まないので、最低限教えるべきことがあるのは確かです。そのようなベースとしての情報は伝える。すると「なんで?」と感じたとき、課題解決のための情報がつながり、考える材料が集まってくると、さきほどお話しした「なんでバスケットでシュートをするときに回転をつけるとゴールに入るのか?」の例のように、課題解決に必要な情報を調べていくうちに、知らなきゃ解けないんだとわかったら、思考も深まっていきます。
人間に「わかろうとする性質」があるのは、わかることで混乱状態を回避できるからです。正解を求めるのはイライラが無くなるし安心だから。だから、今まで日本ではHow toものやマニュアル化がすごく多かった。即効性がありますよね。でも、たまには「安易にわかろうとしないで、モヤモヤの中に身を置いてみませんか」って提案したいんです。
答えがあるものを解くのは簡単だけれど、子どもたちが抱くような「答えのないもの」を考えることは、実は苦しいことではなくワクワクすることなのです。

Q7: 今、学校の現場でもインターネットが導入されていると思いますが、インターネットや検索の影響は何か出てますでしょうか?

出てますね。子どもたちはあまり考えることなく調べようとする。調べて知ること、わかることは、それはそれでいいときもありますが、考えることも楽しんでほしいと思います。いろいろ考えて仮説を立てて検証していくのも面白い。そういうことを、もっともっとやってほしい。
だから私は、勉強が得意な子が解けなくて、勉強が苦手な子が解ける問題を作るのが好きなんです。
たとえば、「これまでの人生の中で、あなたが不思議なぁと感じた身近な自然現象を思い浮かべ、それについての『あなたの考え』を述べてください」という問題です。
勉強が得意な子どもたちの中には、“不思議”だと感じることが少ない子もいるんです。「なんで空は青いの?」とか「なんで白い砂浜とそうじゃない砂浜があるの?」とか。
この問題を出して、一番私が面白いなと思った回答は、「僕はネギが嫌いだ」って書いた子(以下、仮名Bくん)です。
不思議だなと思うことって不満を解決したいという思いから出てくることが多いんですよね。
Bくんは特にお味噌汁に浮かんでるネギが大嫌い。で、そのネギをどうやったら食べずに済むか。何度もチャレンジするけれど、うまくいかない。
~ これまでの人生の中で「不思議なぁ」と感じた身近な自然現象
お味噌汁に入ったネギが嫌いなBくんの考え ~
「ネギを向こうにやろうと思って、お味噌汁の入ったお椀を回してみたけどネギは動かない。何でだろう?」と疑問を持ったBくん。
普段の理科の授業の中で、わからなくなったときは「対比して考える」ことを学んでいたのでしょう。彼は、「器を回して中身が動くものは何があるだろう?」と考え、大好きなバナナパフェを思い浮かべました。
器の向こう側にあるバナナを食べようと思って回したら、バナナはこちらにやってくることと比べることにしました。
お味噌汁とパフェの違いは液体か固体の違い。じゃあ、液体と固体で物体が回るか回らないかの違いはどこにあるか……「摩擦かぁ~」。
つまり器と固体と触れ合っているところには摩擦がはたらいて、そのままバナナは回ってくるけれど、液体では回ってこないんだ、と考えたんです。全てBくんが自分のアタマで考えて書いてある。「すごい!」と思いました。
時間があれば、そんなことも授業の中でやってきました。平成30年度(2018年)に、学習指導要領が改訂され先行実施したのですが、「これからの時代は答えのない課題に対して自らの考えを構築する思考プロセスを養う授業を展開してください。ただし方法論は問いません」とのことでした。やりたいことはわかるけれど、方法論を持たないと先生方は困るだろうと思って、この本を書きました。
どうやったら子どもたちが考え続けるだろう、問い続けるだろうって子どもの姿をイメージしたら、幼稚園児から高校生や大学生まで共通するのが「なぞなぞ」や「クイズ」、そして大人でも夢中になるのが「脱出ゲーム」でした。そこで、脱出ゲームをヒントに学校現場でも活用できるものをと思って作ったのが「ひらめき体験教室」です。

Q8: 今、全ての社会人に「学び直し」が必要になってきていますが、子どもたちから学ぶ意味とはどういうことだと思いますか?

やっぱり、「チコちゃん」かなと思います。つまり、何の疑問ももたず「当たり前」と思い込み、考えることをやめるのではなく、「なぜ?」と問うことです。脳がエコのために当たり前と信じていた、あるいは思い込んでいたことに対して改めて問い直すことをやってみる必要があるのではないでしょうか。
例えば入社試験のときに、小さい頃からどうしても解けない謎を1個でも2個で持ってきてもらって、それに対してどんなことを考えるのか。それを語ってもらうのも面白いと思います。
あるいはとっておきの自分のネタ(問い)を紹介する。自分はこんな問いを抱いてきて、今の「納得解」はこうです、ということを話す。きっとそういう発想が未来の商品開発にも繋がっていくのではないでしょうか。

Q9:子どもの「当たり前を疑う」を育てるために大人はどのように関わったら良いでしょうか?

子どもと一緒に問えばいいと思います。すぐに答えをいうのではなく一緒に考えるプロセスを楽しむとか。大人って何でも知っていてすごいね、ではなくて。
もしかしたら私達が思っていた答えとは全く違うものを子どもが発見する可能性があります。子どもが疑問に思ったことを親が書き出してあげるのもありだと思います。
その「疑問」ってすごく素敵な、人としての財産、人間にしか生み出せないものですよね。

Q10: 鹿嶋先生にとって「学ぶこと」とはどういうことですか?

学ぶことは「人生を豊かにする」ことだと思います。いろんなものの見方や考え方が無限大に広がっていくようになることかな。

Q11: これからは、社会人を対象に学びを提供する研修会社のあり方も変わってくると思いますが、先生からご覧になって研修会社に期待されることは何でしょうか?

想像力と創造力です。ちなみに、想像力とは「実際に経験していないことや、実在しないことについてあれこれと思いを描く力」のこと、創造力とは「頭の中の考えを独自の方法で、新しい何かを創り出す力」のことです。
研修会社の方々は、きっと、まだこの世の中に存在しないようなものを生み出す力を持っている人たちをたくさん育ててくださるだろうと期待しています。人を豊かにしたり、社会を豊かにしたり。
今、SDGsを軸に、多くの国が「宇宙船地球号」として取り組んでいますよね。ひとり一人がこれらを軸に、問い続けるヒントを得たように感じます。手がかりがないと研修って難しいと思います。そこで例えばですが、「この会社は、SDGsの17の目標の中のどの分野に対し、どのような未来へと変えていくのか」といったことをクリエイティブな視点で考え、まだ見ぬものを創り出せていけたら、どんな未来が展開されるのか楽しみです。
人はイメージできたものは実現できるんです。そのとき聞こえてくる人の声や香り、空気感までより具体的にゴールイメージできると、あとは行動レベルで今何をするか、スモールステップで考えればいいわけです。
---最後に、読者へのメッセージをお願いします!
●出会いには2つあります。他者との出会いと、自分の中のこれまで気づかなかった自分との出会い。その出会いから感じたことを大切にすることで人は磨かれていきます!
●そして、自分の中に生まれた問いを大事にし、常に問い続け、問い直し、問い返す。この繰り返しで、気づくと自分にしか成し得ない世界がきっと広がります!
鹿嶋 真弓(かしま まゆみ)先生 プロフィール
立正大学心理学部教授。広島県生まれ。博士(カウンセリング科学)。ガイダンスカウンセラー、認定カウンセラー、学級経営スーパーバイザー。
東京理科大学卒業。筑波大大学院博士後期課程人間総合科学研究科生涯発達科学専攻修了。都内公立中学校教諭、逗子市教育研究所所長、高知大学教育学部准教授、高知大学教職大学院教授を経て、2019年より現職。
2008年には東京都教育委員会職員表彰を、2009年には文部科学大臣優秀教員表彰(生徒指導・進路指導)を、2010年には日本カウンセリング学会学校カウンセリング松原記念賞を受賞。2016年には仲間と共にTILA教育研究所を設立。
〇問いをつくる授業とは
〇鹿嶋先生の授業は、2007年、NHK「プロフェショナル仕事の流儀」で紹介されています
https://www.nhk.or.jp/professional/2007/0403/index.html